ヤズコルヤズカマク

ヤズコルヤズカマクとはケチュア語で「行って目にして帰ってきたもの。目撃者…火山の内部を見た者。翼をもつ赤い存在…自らの弱さを全て焼き払った…を意味する(「赤の自伝」より)

いつかの収監ダイアリー その1

 空が高い。「ここ最近でいちばん暖かい」が日々更新されていく。気づけば三月だ。「一月には仮釈もらって出てやる」そう豪語していた大ちゃんがまだここにいる。

 「一月に出るんじゃなかったっけ?」とボクはきいた。

 「全然ムリみたい。6月くらいになりそうだって副担に言われた」他人事のように大ちゃんは答える。

副担と大ちゃんは仲がいい。というか大ちゃんは副担のことを好いている。副担もまんざらではなさそうだ。あんなマイホームパパみたいなキラキラしたやつのどこがいいのかさっぱりわからないんだが人の好みはそれぞれなんで口は出さない。性的ベクトルにかかわらず、みんな大なり小なり話しやすい刑務官がいるらしい。ボクは…強いて言うなら正担かな。そう!権力に弱い質なのである。

 大ちゃんとボクはよく似ている。年齢も近いし、ゲイだし、HIVだし、看護師ってことで病院で働いていたところも一緒だし、覚醒剤が大好きなところも大事なポイントだ。大ちゃんは、ボクより刑期がちょうど一ヶ月はやい。ボクは懲罰をくらっているので模範囚の大ちゃんより先に出ることはまずない。大ちゃんが出ないうちはボクの順番は回ってこない。目に見える指標が大ちゃんの出所だからそんなにあせらない。

 「淘汰はさー、どうして焦んないの?早く出たくないの?」

 「最近はあんまり思わん」

 「ここに来たときからそんな感じだったよね。ここを楽しみつくそうというか。そういうとこあるよね」

 「ちがうよ。ここをじゃなくて今をだよ」

 「ことごとくネガティブをカットしてるよね。すごいよ」

 大ちゃんは笑う。ボクも笑う。笑ってから最近笑っていなかったことに気づく。

 ただなんとなく過ぎていく時間をやさしく愛でることのできないボクは、楽しむことに対しても意志的自覚的になってしまう。余暇の少ない刑務所だからよけいにその姿勢が際立ってしまうのかもしれない。

 楽観?鈍感?たぶん違う。きっと不安なんだ。不安に耐えられないから光を探そうとしてしまう。その姿を前向きだと人は言う…だけどはたしてそうなのか。まあいい。一月が往ったて、二月が逃げたって、三月が去ったって知ったこっちゃない。今日笑えばいい。一日一笑。そうさ!今日だって(こんな場所だって)立派な笑顔を誰かとシェアできたんだから。それだけで十分だろう?

 

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笑いすぎの人生

表情筋を酷使した結果…